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Posted by: tachibana
魔女になりたいと思い、魔女志願者になって「魔女志願者のキャリア」ばかり増えている人が多いと断言しても反論はあまりないでしょう。

無論「魔女にする、と銘打った商売」の顧客になって魔女になったり、ハロウィンの夜にコスプレをして「一晩魔女」になるなら誰でもできますが、本来の意味での魔女に関してはまったく反論がないと思います。

そもそも「魔女志願者」というのはできるだけ早く卒業してしまった方がよいです。反論を承知で言えば、魔女志願者をだらだらと続けていても何の意味もないからです。色々な角度(斜め右上とか斜め左下とか)から見て「こういう面で見れば…」などといわれるかもしれませんが、私は「魔女志願者」を長くやっているメリットなどないと思っていますし、事実、そうだと確信しています。例えば「東大志願者」「京大志願者」「医学部志願者」を何年も長く続けることに価値があるでしょうか。それより早く大学なり、医学部なりに行ってしまったほうがよいのではないでしょうか。「自分はこんなに凄いところを受験するんだ」と言って心の中で「普通の大学に行っている人より自分は上だ」と思っているだけの多浪生(何年も浪人し続ける学生のこと)と何もかわりません。

よく「魔女はある程度の年をとっていた方が良い」という言葉も耳にしますが、馬齢を重ねていてもそれはただの無駄です。

私も志願者の方で熱心な方には訓練をしたり、講義をしたりすることがあります。と、いうか、熱心に頼まれればたいてい引き受けています。ところが、いざ訓練が始まると「思っていたのと違う」とか「私がやりたいのはそんなことじゃない」などと言って挫折していく人がいます。その中の半分以上はもともと魔女に向いていなかったというだけで、やめるとしても「どういう道がその人に向いているか」というところまで一緒に考えて、違う道を歩めるようにお手伝いすることもあります。そして、そういう方とは今でも良い友人です。また、ただのわがままという人も多いです。こういう人はその後「見よう見まねのセルフイニシエイション」を自分でやったり、お金を払えば魔女にしてくれるという商売の顧客になったりで、魔女を自称したりしていますが、長続きはしていないか、おかしな方向に自信を持って流れていくようです。

誤解のないように言うと、セルフイニシエイション自体を私は否定はしていません。しかし、習う機会があったにもかかわらず、わがままで、という場合はどうせ効力がないか、あってもたかが知れていると思っているだけです。そもそも、今の日本の現状でセルフイニシエイションしか方法がない場合が多いことは良く知っています。数は少ないですが、私自身真剣にセルフイニシエイションした方にイニシエイションをあとから授けたことはあります。そうしたしっかりした人がいることも理解していますので、そうした方の相談も歓迎しているくらいです。

さて、ここまで読んで正直耳が痛い志願者の方は多いと思います。実際そういう方を数多く見てきましたので、そこは理解しているつもりです。また、読みながら「なら、どうすればよいのだ」と怒りを感じている方もいると思います。

そこで、このシリーズは「魔女志願者から卒業するための具体的な方法」や準備の仕方、あるいは自分でできることなどを色々書いていこうと思っています。

☆今回のポイント☆

・魔女志願者のキャリアばかり増やすのはやめよう。
・魔女志願者をだらだらと続けるのは無意味。
・キャリアが豊富な「魔女志願者」は多浪生と同じ。
・志願者のまま馬齢を重ねてもただの無駄。
・訓練や学習が何も知らない人の想像と違って当たり前。それで続かないのは魔女に向いていないか、単なるわがまま。
・いい加減な「見よう見まねのセルフイニシエイション」はやめよう。
・これを機に「志願者を卒業して魔女になる」と決心しよう。

(次回は「合理性と無駄を省くということ」です)
Posted by: tachibana
最初にお断りしておきたいのですが、このシリーズは魔女志願者の人が魔女になるために必要なことや方法などを具体的に書いていく予定です。

私はできるだけ多くの魔女志願者に1日も早く魔女になってほしいと思っています。なので、かなり厳しい言い方などもあえてしています。ですから、不愉快な気分になりたくない方は読まれないほうがよいと思います。

しかし、本当に魔女になりたい方には、腹は立っても役に立つものになるとは思います。質問はいくらでもお寄せください。私自身ソロの魔女の経験はないのですが、友人にソロの魔女は少なからずいますので、ある程度はソロについての質問にもお答えできると思います。

とりあえず最初の断り書きでした。
Category: お知らせ
Posted by: tachibana
ミクシィで魔女の最低条件というものを書いたら想像をはるかに絶する反応をいただきました。

それはとても嬉しいことなのですが、同時にこれだけ情報が氾濫していても役に立つものはほとんど増えていないのでは?という思いも強く抱きました。

そこで、これからは少しづつにはなりますが、そうした初心者や志願者の人にも役に立てそうなものを意識してみようかと思いました。

もし、お読みの方でご希望、ご意見などございましたらぜひ「ご意見・ご感想BBS」でも、メールでもけっこうですのでお寄せください。できるだけ反映させていきたいと思っています。

よろしくおねがいします。
Posted by: tachibana
ミーファースト(me-first)という英語があります。辞書を引くと硬い訳語がこんな砕けた(?)単語にもついているのですが、直訳すると「なんといっても私が一番」という感じです。

「なんといっても私のセンスはナンバーワン♪
 なんといっても私の考えがナンバーワン♪」

と、こんな感じです。最近こういう人が増えてきました。
実際に一番の人というのは、そのように思っていない人が圧倒的多数という事実がありまして、自分が一番と思っている人は実際には底辺であることがほとんどです。

ところが、自分が実際の努力をする代わりに、努力をしている気分を味わうだけで「私はこんなに優秀」とか「私はこんなに深く考えている」などという、とんでもない錯覚をしてしまうのが、こうした人たちの思考パターンの特徴でもあります。その想いと現実のギャップから逃げるために「根拠なく相手を見下す」「何か悪いものを受信したかのような論理で人を否定する」「類まれなる素晴らしい直感でも得たかのように単なる感情論であることを自分にさえも隠して自分以外の人に攻撃的になったり、否定をする」などの言動に出るのが特徴ともいえます。

自分という人間を客観的に理解する、あるいは理解しようと努力することをベースとした個人主義と、自分という人間を主観的に誤解する、あるいはその誤解を「一生懸命にやった」などといういいわけを根拠に真実のように錯覚することをベースとする自分第一を勘違いする人は、日本欧米問わず、大勢います。

20年ほど前にそういう若者が現れだして「新人類」などという言葉まで生まれましたが、そのとき「欧米人の悪いところまで真似してどうするのだ」と思った記憶があります。

ところが最近ではそれに輪をかけて、自分以外を見下す態度をとったり、そう考えることで「幻の自分の優位性」を感じている人が増えてきているようです。こういう人たちを見ているとme-firstが「Me-First」と、グレードアップしている気がしなくもありません。

いづれ気が向いたら書くことがあるかもしれませんが、個人主義、アイデンティティー、自我など、前頭葉活用能力こう弱者に都合の良い勝手な解釈をされている言葉はかなりあります。

私自身を振り返っても、魔女、魔術、オカルトなどの分野に惹かれる人は程度の差はあれ、こうした傾向があることは否めない事実でしょう。これを機会に一度自分がこうした点で不安がないかどうか、不安があるとすればどの程度か、などを自問自答されることをお勧めします。そして、自信を持って「大丈夫」と断言できる方は…かなり重症かもしれません。

こうした弱さを克服し続ける気持ちでなければ、WiccaやWitchcraftの道の途中で精神障害を起こしてしまったり、大脳をはじめとした機能障害を起こす危険があります。人間は言葉で思考する、ということを呪文のところで指摘しましたが、こうした自己チェックを時々していくようにしないと思わぬ落とし穴があるので要注意です。そしてそうして、潰れていってしまった人を多く見てきた私としてはしみじみ思うのです。

08/06: 師の教え

Posted by: tachibana
ブログを書くようになって色々と気がつくことがあります。
ここしばらくでも、その昔、師匠に教わったことをメモしたノートを読み返したりすると「あの頃」は見えなかったものが見えてくる気がします。

「あ、これ忘れてた…」等ということも。また、時として、「あの頃」を懐かしく思い出して「これを教えられたときなかなか理解できなくて辛かったなぁ」とか「あの時先生はこう思っていたんだなぁ…」などと、つい時間を忘れてしまう一時になったり…

あるいはこんなこともあります。
「先生は実は迷っていたのかもしれない」とか「ここで私がくじけるのではないかと心配してくださっていたんだな…」と師匠のお気持ちが今ならわかる、ということもあります。

今は私は独りです。
もちろん、仲間も、弟子も、その他色々と私が大切に思う人も、大切に思ってくれているであろう人もいます。でも、教えてくれる人がいない、という意味では独りです。

自分の道は自分で切り開くしかない所に立ってずいぶん経ったな…としみじみと思ったり。

色々な方のご質問に答えたりする機会もこのブログを始めてから増え、それに答えるたびに昔の自分を思い出す…

結局思うのは「師の教え」そして師匠とはありがたいものだな、と。

去来するものは多かれどそれもまた楽し

そんな感慨にふと浸っていました。
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