私は高校の頃、国語は得意でしたが英語は同じ試験問題で7回卒業試験を受けどうしても30点が越えられませんでした。

担任だった英語の先生には涙ぐみながら
「正直に言ってくれ… お前、俺のこと… 嫌いか?」
と言われたり、国語の先生に英単語集をプレゼントされたりもしました。

結局卒業試験は最後に先生が消しゴムで私の名前を消し、
「名前をローマ字で書け、それで30点超えたことにしてやる」
と、言われて卒業させてもらいました。

そのくらい語学はダメでした。

その数年後、ある大学で英語を教えている先生に出会うきっかけがありました。ちょっとした縁で、その先生の家に居候をさせてもらいながら書生生活をしていました。ずいぶん後でその先生が英語学のある分野では「謙遜して世界トップ3」だということがわかりました。そこで教えて頂いた(しごきまくられた)おかげでとりあえず、人並みの語学力にしていただきました。その後、その先生の紹介で国文学の先生のところにもしばらくご厄介になっていました。

そのような感じで結果的に比較言語の世界に数年身をおいていましたが、そこで学んだことはいくつかありました。

一つ目は、自国の文化や言語を大切にできない人は外国語をいくら勉強しても本人が「外国語が得意」と思っているだけで結局ものにならないということです。人間は母国語でものを考えるようにできています。なので、母国語を大切にし、その背景にある文化を大切にしなければ考えるベースがない状態で外国語をもてあそんでいるにすぎず、無駄でしかないのです。

例えて言えば、色々なソフトをたくさんもって、その使い方の本を一生懸命読んでOSを手にしないのと同じなのです。これがまったく役に立たないことは当然です。

二つ目は、自国の文化や言語を軽んじるか、あるいは外国のそれを自国のものよりも価値があると思っている人や、簡単な例を挙げると、語学を習うなら講師は全員外国人がよいと思っていたり、外国に行くことが無条件で大切だと思っているような人は自国のことを学ぶより、外国語や外国文化を学ぶことにより価値があると思っている傾向があります。こうした人は、そもそも言語というものが人と人をつなぐものだということを忘れているか、それを理解する能力もない人です。

ずいぶん前の話になりますが日本の外交官が柿本人麻呂について尋ねられて、まったく答えられずに国際的な恥を書いたという例もあります。このように日本のような島国ではなく、地続きで他国とつながっているような国になればなるほど自国の文化を大切にしない人は外国では軽蔑対象にしかならないのです。ですから、どんなに外国語を勉強しても、自国の言語や文化を大切にしない人はその外国語の知識や技術はまったく訳に立たないのです。

三つ目は自国の言語と文化を大切にしていなければ外国の言語と母国語の対応が単語集形式にしか頭の中で対応できず、所詮薄っぺらな言語認識になってしまうのです。

これらについてはきちんと述べようとすればそれだけで一つ一つがかなりの分量になってしまうので今回は軽く目次的な触れ方にしますが、これについても魔女として日本で生きていくには色々と重要な部分がありますので機会をみて少しづつ書き足していこうと思っています。