とある所で、とある人達の対話を横で聞いていて思った事ですが、誰しも人の欠点を(陰で言うのはともかくとして)面と向かって真摯に言うのはなかなか難しいものだと思います。難しいだけでなく、言う方にもデメリットがかなり出る可能性もあるし、そんなことを考えると子供に大人が注意することはできてもある年を境にだんだん言えなくなってきます。

これは同時に逆のことも言えます。
ある年齢までは自分の欠点などを注意してくれる人も多くいます。
しかし、ある程度の年齢になってくるといきなりみんな言ってくれなくなります。
まぁ、当然です。
そして、いつの間にか自分の周りから人が消えていく、というのもよく見る光景です。

どちらも仕方がないことなのは間違いありませんが、ある種の人の業というか、寂しさのようなものを感じるのもまた事実。

私などは一般的レベルから考えるとかなりずけずけと言ってしまう方なのですがそれにはそれなりに酷い目にもあってきましたし、摩擦も摩擦などというレベルでなく経験してきました。もちろん、そのために絶交状態になってしまった人も少なくはありません。

ただ、今思い返しても間違ってはいなかったな、とも思うのです。間違ってなければよいというものではないとも言えますが、間違っていないならある意味あきらめもつきます。

・・・と、いろいろ考えてみた結果、結局私はそういう性分、という事なのだろうな、と。
雨にも負けずではないけれど、

自分の悪いことろを遠慮なく口にしてくれる人は大切にし
納得できなければ反論し
それが誤解なら誤解を解き
指摘が正しければ素直に認め正し
人の問題点は必要ならば指摘し
共に正し
正しいことは正しい、悪いことは悪いと率直に口にする

そういう人になりたかったわけではないけれど、そういう性分を貫くことに結果的になってしまったな、と。
でもまぁ、ここまで来ると存外そういう自分を嫌ってもいないので、これはこれで良いのだろうと思っているのもまた事実。

とかく人は性分には逆らえないもの、などとうそぶくのも我流の粋なのかな、と思ったり、思わなかったり。