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■宗教と信仰
 1.宗教とはあやしいものか?
 2.宗教とは必要なものか?
 3.宗教を信仰している人は普通ではないのか?
 4.宗教は危険ではないのか?何か怖いイメージがある
 5.宗教に頼るのは弱い人間である
 6.信仰すると救われるというのは本当か。信仰を持っていても生きていれば悩むはずである

 


1.宗教とはあやしいものか?

宗教というものについて今までいろいろな方に質問されたり、それにお答えしたりしてきたことを雑感的に書いてみようと思っています。

宗教と信仰と銘打っていますが、むしろ信仰を持たない人の宗教についての疑問にお答えしたものという形になっていく予定です。

今回は「宗教ってあやしいものじゃないの?」というよく受ける質問に対してです。

宗教というと日本では何か特別のもの、わけのわからないもの、怪しいもの、近寄ってはいけないもの、などというイメージが残念ながら多いようです。
たしかにカルト教団の話題がしょっちゅう目に入ったり、その被害者の方の実例を眼にすることも多くなっている上に、宗教を信仰しているから立派なのだな、と思わせるような人がなかなか見当たらない現実を考えるとそれも仕方ないことだと思わざるをえません。

そうかと思うと「宗教なんて…」といいながら、宗教行事に多くの人が進んで参加している場面もよく見かけます。初詣やクリスマスパーティーなどはあなたも経験したり、目にしたことがあるでしょう。また、年末年始の町並みがクリスマス一色になったり、夏場にお盆休みなどで多くの企業が連休となり、高速道路にラッシュが起こるというニュースも目にしたことがあると思います。こうした現象を宗教的儀式と意識している人は日本人には少ないと思います。しかし、クリスマスはキリスト教、お盆は仏教、初詣は神道と、れっきとした宗教行事の一つなのです。しかし、多くの日本人は「単なるイベント」「ただの連休」としか認識せず、宗教的なものという意識がないのが現実です。こうした当たり前のものとして参加している宗教行事は意外と多いのです。はっきりいって、日本の中の宗教のイメージは相当めちゃくちゃな感じがします。

このように日本では、特に信仰を持っていなくてもなんとなく参加しているクリスマスや初詣のような宗教(これを「習俗的宗教」といいます)と、「自分はこの信仰をしている」という自覚を持って参加している「自覚的宗教」の区別がきちんとされていなく、「宗教=特別なもの」「習俗的宗教=ただのイベント」となってしまっていることが多いようです。

仏教やキリスト教などでも「習俗としての宗教」にまでなっているものは安定した宗教で、怪しい、近寄ってはいけない、などということは思われず、ある意味誰が見ても安全な宗教といえます。その反面、形だけになってしまい、害にもならない代わりに対して役にも立たない場合も圧倒的といえます。当然そこに真剣な信仰心はほとんど期待できませんし、結婚、葬式などの「単なる人生の区切りのイベント」としか認識されていないのも事実です。

それに対して習俗的宗教となっていない宗教は、わけがわからないもの、などといわれつつも、宗教本来の力(これを神秘性といいますが、詳しくは後で説明します)を失わずに持っていて、その輝きをしっかりとしたものとしているので、宗教というもの自体にマイナスイメージがある現代においても魅力的なものとして多くの人たちをひきつけているのです。

このように多くの日本人の中には色々な宗教の一部分がバラバラに生活の中に入り込んでいるのです。そして、その「わかりにくい部分だけ」を宗教だと思っているので、わけがわからない、怪しいなどと思ってしまうことが多いのです。こう考えると宗教がよくわからないもの、怪しいもの、というよりただよくわかっていないだけ、ということが多いといえるのです。

 

 

 

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